オドルンダヨ。オンガクノツヅクカギリ。

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『踊るんだよ』
『音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。おいらの言っていることはわかるかい?踊るんだ。踊り続けるんだ何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ』

村上春樹ダンス・ダンス・ダンス

 


12月某日。

 

雪が降りしきる牛タンの街。

 

南国生まれの人間にとって、東北の冬は長く、厳しい。

よく雪が降って幻想的などと言われるが、どちらかというとディストピアを想起させる。殺風景なものだ。

明太子時代の僕はこんな寒さならきっと家から出なかっただろう。

人間の慣れは恐ろしい。

 

大きな外見上の強みもない。

ノンバーバルが特別強いわけでもない。

そんな僕が持っている唯一の強みは続ける事だった。

 

 

左前10m先

 

フラフラとした足つきの女の子がこちらに向かってくる。

 

ポケットに突っ込んでた手をこわごわと出して、右足を大きく踏み出す。

 

声をかけるときは

"フワッと"

"ニコッと"

 

これがくろけい一門の教え。

 

どれだけ寒かろうが雪が降ろうが、やることはいつもと変わらない。

 

タゲを選ぶ、声をかける。

 

こんな当たり前の事さえ、牛タンに来る前はろくにできていなかった。

 

 


時が戻る。

4月

 

新生活に心躍らせる僕はとある人にDMを送り、講習をお願いした。

 

 

くろけいさん。

 

僕が界隈入りした時からずっと憧れの人だった。

 

初めて師の音声を聞いたのはTN1の時。

カラオケ内の攻防にリスナーの僕は手に汗握り、即報に歓喜した。

 

その時からいつかはこの人と一緒にストやるまではナンパを続けると決意した。

 

僕は地蔵がひどく、何度もストをやめてネト専門になろうとした。

街に出たのに声も掛けれず5時間ただ街を徘徊、惨めな気分で終電で帰宅していた。

その度にまだ何も成し遂げていないじゃないか、と街にしがみついた。

 

幾年かの月日が経ち、就活で牛タン希望を出し、念願の牛タン生活が決定。

ついにくろけいさんにお会いする日がやって来た。

 

 

「やほー」

 

現れたくろけいさんは僕が思っていたよりずっと話しやすい人で、どちらかというと拍子抜けした部分もあったと思う。

 

そこから二人でずいぶん話をした。

 

仕事の事、今までやってきた事、どうしてストに出会ったか?

 

僕らは似ていた。

ストに出会い、共に流星道場を選んだ時点で似た者同士であったんだろう。

 

くろけいさんの圧倒的な熱量に僕も引き込まれた。

 

 

「マグロくんはわざわざ牛タンにストしに来てくれたんだから目標を作ろうよ。じゃあ、初年度50、2年目で100ね!」

「街に出た時は絶対にイン、アウト書こう。そしたら自分にプレッシャーかかってやる気出るから」

 

僕の今までのストの実力では到底無理だと思った事も、この人が指導してくれるならきっとできる。

そう思えた。

 

 

「さあ、行こう」

 

二人で街に出る

 

「マグロくんあの子いいんじゃない?」

 

すかさず声をかけにいく。

反応はいい。地方都市あるあるだが反応が取れても連れ出しまでの壁が高い。

 

あえなく並行トーク負け。

フィードバックをもらうためにくろけいさんの姿を探す。

 

いない。

 

遥か先に信号待ちの女の子に声かけしに行っているくろけいさんが見えた。

そう、師もまたプレイヤーなのだ。案件をみすみす見逃す人間ではない。

 

 

街に無様に残されたスト師が一人。

 

体に重りがついているようだった。タゲを見つけても一歩目が踏み出せない。

周りの通行人の目がみんなこっちを向いている気がした。

今までだったら地蔵するしかないシチュエーションだ。

 

さっきまでのくろけいさんの姿を思い返す。

ストについて語る時、目標について語る時、師の目はキラキラしていた。

 

僕の目はどうだろう。

死んだマグロの目みたいじゃないか。

 

こんな事しにこの街に来た訳ねえよな。

そもそも自分の選択なんだから。ちゃんと落とし前つけないと。

 

ほんの少し、少しだけ僕の目にも生気が宿ってきた。

 

すかさずタゲを探す。

 

右前5m先

大きなトートバッグを持った女の子

 

認識すると同時に僕は右足を踏み出していた。

 


時は戻って12月某日。

 

暗いレンタルルームの一室

 

「きっとこんな事だろうとわかってたよ。でも声かけてくれてありがとうね」

 

さっきまで一つになっていた女の子が囁く。

 

こちらこそ楽しかったよ

そう呟きながら即報を上げようとスマホを触る。

 

LINEの通知が光る。

さっきバンゲした女の子から返信返ってきたかな

そう思いながら開くと明太子時代の既セクからのLINEだった。

 

「私ついに結婚したんだー!マグロくんも幸せになってね」

 

おめでとう

そう返信を打ちながら僕は実感する。

いつかは終わってしまうのだ。

 

 

踊り続けなきゃ

意味も考えず、体が動く限り

いつか恋愛市場から撤退するその日まで

 

 

 

 

勃起

 

 

PS

くろけいさんは基本的に一対一でちゃんと教えてくれます。ただ生徒の課題によって指導方針が異なり僕は放置気味にやらせてもらってましたwww
念の為wwww